自分はこんな所で何をやっているのだろう。
 新緑に負けず劣らず青い色のアイスを片手に、パラドックスは我に返った。隣では先程知り合ったばかりの女が楽しそうに雪のようなアイスを頬張っている。

 話を遡ると二時間前になる。
 この日、パラドックスは来たる日に向けて童実野町へ下見をしにきていた。誰もいないビルの屋上にDホイールを留め、がやがやと流れる人込みを口を噤んで見下ろしていた。
 あんな幸せそうな人間の顔が、私のいる世界でも見たい。
 ぎりっと唇を強く噛み締め、パラドックスは背を向けていたDホイールに踵を返した。

 しかし、彼の愛車はいつもと違っていた。見たこともない一人の人間が愛車に跨って、ぺたぺたと探るようにあちこちを触っていた。

「こ、こら君。私のDホイールから降りろ」

 動揺の余り多少上擦った声でパラドックスが諌める。その声を合図に少女はぐんと顔を上げてパラドックスの瞳を射抜いた。

「これあなたの? 素敵な乗り物ね、でもここ立ち入り禁止なんだけどどうやって入ったの?」

 ぺらぺらとよく回る口だった。彼女のペースに呆気に取られたパラドックスは言葉を失っていた。しかし、大丈夫? と彼女に問いかけられることで、また気を持ち直した。結局は彼女に乗せられているのだが、当の本人は気づいていない。

「この時代に来るのは初めてだったからよく分からなかったのだよ。すぐに立ち去ろう」

 気丈に振舞い彼女をDホイールから降ろし、自分が跨ろうとしたその時だった。腰から流れるように靡くコートの裾をくんっと引かれ、パラドックスは前につんのめった。引いたのは言わずもがなDホイールから降ろされた彼女だ。
 にっこりと綺麗に口元を歪めると、彼女はそのままパラドックスの手を取った。自分より一回り以上小さいその手をパラドックスは払えずにいた。

「童実野町が初めてなら私が案内してあげるよ、遠慮はいらないし奢ってあげるから。私は、よろしくね」

 先程と変わらないのマシンガントークに押され、パラドックスはされるがままに町へ繰り出した。

 そして話は冒頭に戻る。
 溶けてコーンの上を進むアイスを舌で舐めとりながら、はパラドックスを眺めていた。彼は行き交う人々や並んでいる店を物珍しげに観察しているのだ。たとえ田舎から出てきたというのであっても、ここまでオーバーな行動は取らないだろう。訝しげに目を細めるも、は途中で思考を放棄し手元のアイスを貪った。

「お兄さん行ってみたい所とかないの?」

 そう尋ねられて口淀むパラドックスの視線が、ある一点で留まった。なんだなんだとが視線の先を目で追うとそこにはデュエルモンスターズと大きな文字。パラドックスはカード取扱店を星のように目を輝かせて見つめていた。

「もしかして決闘者? 良いじゃん、行こうよカードショップ」
「い、良いっ! ほら別の場所に行くぞ」

 色白な肌をほのかに染めて、パラドックスはの腕を乱雑に掴み足早にその場を立ち去ろうとした。には何に照れているのか理解できなかったが、妙に慌てている彼を見て小さく笑う。
 そのまま腕を絡めようとすると「アイスが溶ける」と訳の分からない理由で拒絶された。ちなみにパラドックスのアイスは既に溶け始めている。

「君は私を連れ出して何がしたいのかね」

 パラドックスの今更な質問にはパチパチと数回瞬いた。

「かっこいいお兄さんとデート」

 語尾に疑問符がつきそうな答えに、パラドックスは力が抜けていくような感覚に陥った。つまり今まで付き合わされた場所、ことは意図を持っていなかったと言われたようなものだ。眉間を押さえる彼の姿には焦ったように口を開いた。

「私あなたを楽しませてあげたかっただけなの、楽しめなかったのならごめんなさい。お兄さんすごく辛そうな顔してたから、少しでも笑ってほしかった。でも、私じゃ力不足だったみたい」

 は声の調子を変えないままに目を伏せる。打って変わって潮らしくなった彼女にパラドックスは困惑の色を見せた。

「そんなことはない。君といる時間はとても新鮮で楽しい」
「えっ、お兄さん何して……変態と勘違いされぐえっ」

 腕の中に閉じ込めても尚沈黙しないの頭をパラドックスは自分の胸に押しつけた。槍のように突き刺さる周りからの視線もものともせず、二人は暫くそのまま動かずにいた。大きく脈打ち始めたパラドックスの心臓を沈めたのは、離せと合図するの手だ。
 の頭にやっていた手を外せば、その頭は弾かれたように勢いよく上がり二人の視線が交わった。堪え切れていない笑いを零しているの顔はパラドックスの肩を落とすには十分な威力である。

「お兄さん何してんの、道端で抱きしめるとかこれなんてアニメ? 笑い堪えるの辛かった」
はもう少しムードを感じるべきだ」
「あっ、初めて名前で呼んだ!」

 パラドックスがはっと口を押さえたときにはもう遅い。抱きしめても変化を見せなかったの頬は桃のように高潮して喜びを表している。
 複雑な気持ちを抱いたが、の笑顔を見て、これでもいいかと思いパラドックスはアイスのコーンを齧った。

Page Top
inserted by FC2 system