ぽっかりと穴の開いた天井から夜空を見上げても、そこには灰色の雲ばかりが広がっているばかりだ。自己主張激しく輝いているはず星々はその上に隠れて姿を現さない。この時季になると毎年曇り空ばかりが目立ってしまい腹立たしいことこの上ない。きっと、この空よりも私の心の方が澱んでいる。
 シティと比べて、サテライトには明かりが少ないから星だってよく見えるはずなのに。
この季節が梅雨だから悪いのだ。せめて来月あたりにしてくれればきっと星たちも出てきてくれるに違いない。

そういえば年に一度の逢瀬を邪魔されたくないからこの日は曇り空なのだと誰かが言っていた。全然人様の恋路なんて興味ないので、プリーズ星の橋! 豪快に牛乳を飲んでいた遊星は、不機嫌そうな私に気づくと不思議そうに近寄ってきた。

? なにかあったのか」
「たーなーばーた、天の川見たいのに曇ってるんだよ」

 ああ、そういえばそういう季節だったな。なんて、そんな。遊星は空に掛かる星の橋よりも、可愛いお手製のD・ホイールに浪漫を感じる男だった。勝手にしていやがれ!

かちりと接触の悪いテレビの電源を入れると、ニュース番組が七夕特集を組んでいた。もういい、シティの住民ども爆発しろ。乱暴に電源を切ると、テレビからは焦げ付くような怪しい音が漏れた。

「……ちょっといいか」

 腕を引かれるがままにアジトから出るも、やはり空が晴れていることはなかった。そりゃこの短時間で快晴ばっちり天の川見えます! なんて言われてもそれはただの異常気象だ。私を呼んだ張本人は愛車の元へ駆け寄っていた。
 あてつけか、お前たちも逢瀬なのか。そう悪態をつくと、不安定に騒がしいエンジンの音がアジトに反響していった。ぽん、と遊星に投げつけられたのはお揃いの真っ赤なヘルメット。これふたつあったの、とか言いたいことは色々あった。

 しかしその疑問は乗れと言わんばかりにD・ホイールに跨ってこちらを見据える遊星に消されたのだ。いやいやそれは無理な話だ。第一、遊星号は二人乗り用として作られていないということぐらい見てわかる。次に私はつい先日遊星号のタイヤが外れて運転手が転げ落ちたことも知っていた。そんな危険なDホイールに身を任せろと? いくつ命があっても足りないくらいだ、と折角の申し出に断りを入れる。

「大丈夫だ、長くは走らない」
「タイヤが外れたのはそれが理由じゃないと思う、って人の話を聞け。いや聞いてください」

 丁重に拒絶する私に無理やりヘルメットをかぶせると、遊星号に押し込めてきた。二人乗り込んだ時点で彼の愛車はみしりと短い悲鳴をあげた。やめて、遊星号のライフはもうゼロよ。ぶん、と不安が募る音を立ててD・ホイールは走り始めた。

 夜のサテライトを赤い車体が流星のように、とまではいかないが比較的ゆっくり駆け抜ける。きっと私が乗っていることを考慮してのスピードなのだろう。頬に当たる風が生ぬるくて気持ちよかった。

「ドライブしても私の心と空が晴れることはないんだよ、遊星くん」
「まあ少し待て」

 遊星は手元の方でかちゃかちゃとデュエルディスクをいじっていた。彼に引っついている私からはなにをしているのか伺うことは出来ない。そのうち、眩い光がこのあたりの夜空を包んだ。

 夜の空に輝くスターダスト・ドラゴンの姿が焼きつく。その姿はあまりに神々しく私の目を奪って、思わず感嘆のため息が零れた。私たちの希望が、橋を掛けてくれたことに心躍る。

「集いし願いが新たに輝く星となるー」

 ……うん、やっぱりこの決め台詞は遊星が言うから様になる。私の痴態を感じ取ったのか、遊星がふっとかすかに笑ったような気がした。おい、顔を見せないなんてずるいじゃないか。後ろから彼の頬を抓ると、事故るぞと脅された(多分脅しじゃない)のですぐに手を離した。

「遊星、そろそろ帰ろうよ」
「さっきからそうしようとは思っているんだが」
「……嫌な予感しかしない」
「なぜかエンジンが利かなくて」
「遊星号はなかなかのツンデレだなあ、さすがのさんもびっくり」

 次の瞬間、がしゃんと遊星号が廃ビルに突っ込んだ音が夜のサテライトに木霊した。

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