「お嬢さん、私と一緒にジャスティスワールドで愛を育みましょう」
「誰この人怖い」

 その男は純白の鎧を纏い、裏地が炎のように赤いマントを翻しながら現れた。

 それは予期せぬことだった。ひゅう、と冷たい風が肩を切り始めた季節。は買い物袋を引っ提げて、鮮やかに染まった紅葉の街路樹を歩いていた。
 立ち並ぶ木々の向こうには公園が設けられていて、子供たちの声が聞こえてくる。落葉を踏みつけるたびに軽快な音が弾む。足取り軽く歩くと、突然、目も開けていられないほどの突風がを襲った。
 風が過ぎ去ったのを肌で感じながら瞼を上げれば、目に不快な違和感を覚える。どうやらゴミが入り込んだようだった。ゴミを取り除こうとは涙を溜めるために小さくあくびをした。

 ようやく一粒の涙が零れ落ちたときだった。目が眩むほどの閃光を放つ球体がの頭上に現れた。球体はその真ん中からパクリと裂け、の体がそのまま収まってしまいそうな大きな穴が開いた。
 その穴の中から男が一人出てきた。薄く繊細な顔立ちをした男は桃色より淡い色の唇をにんまりと歪める。

「少女の流す純粋な涙にライトロードの光あり! ライトロード・パラディン ジェイン、参上!」
「何この人痛い」

 決め台詞を言いきって満足そうにしている眼前の男には言葉を失った。突如現れた得体の知れない男から逃れようと走り出す。このときの脳内では危険信号が激しく点滅していた。
 しかしの腰はしっかりと細いながらも逞しい腕に引き寄せられてしまった。ガツガツと男の厳つい鎧が当たるたびには顔を顰める。

 そして話は冒頭に戻る。男がの耳元で荒い息を吹きかけると、はびくりと体を強張らせる。背中に虫が踊るような凄まじい悪寒が駆け巡った。

「離して気持ち悪い、大体鎧が当たって痛いんだよ」
「私のことはジェインで構いませんよさん」
「おい聞け」

 苛立ちを露にしてみるも、男には伝わらなかった。頭突きでも食らわせようかとが体勢を整えると、背後から光が差してきた。先程と同じように目が眩むほどの光だ。
 が新たな危機感を察知したところで腰の束縛が解かれたことに気づく。金属が激しくぶつかり合う音にが身を翻せば、羽の生えた少女が男に襲い掛かる姿が見えた。少女もまた男のように白く薄い、儚げな容姿をしていた。紫陽花色のリップを引き締めて、白金の杖を男の大剣に振り翳す。

「出たな腹黒性悪女」
の前で本性出していいのかしら、ジェイン。光に還れ変態」
「待っていてくださいさん、すぐに追い払いますんで」
「いや還れば?」

 の言葉も冗談半分に受け流し、男はにこりとやわらかな笑みを返した。体中の熱が顔に集まるような錯覚がを襲う。羞恥からは男から視線を外した。それを目撃した少女はあからさまに眉を潜め、口を大きく開く。

「だめよ! ジェインじゃなくてあたしにしときなさい!」
「血迷ってんじゃねぇよシャイア」

 シャイアと呼ばれた少女は杖を懐にしまうとの元へ駆け寄ってきた。勇ましく闘っていた少女は、今はただの可憐な少女へと変貌していた。少女は折れそうなまでに白い腕をのそれに絡ませると、長い睫毛をしばたかせる。吸い込まれそうな大きい碧眼がを捉える。

、ずっとあなたの涙を待っていたの。この前あなたを見たとき一目惚れしちゃって」

 ぽっと青白い頬を染める姿は可愛らしいと思えたが、は口元を引きつらせた。そして、目にゴミの侵入を許した数分前の自分を恨んだ。

 徐にが肩をつかまれたのを感じると、驚異的な力を込められた。悲鳴を上げる肩の痛みに耐えながら顔を上げると男が冷めた顔で少女を見下ろしていた。少女の方に目を向ければ、男に頭を鷲掴みにされていた。それでもと引き離そうとする男の力に足を踏ん張って堪えていた。

さんから離れろ、俺だってずっと好きだったんだ」
「嫌よ」
さんは私とコイツ、どちらが好きなんですか」
「あたしの前でだけ口調変えるのやめろ」

 二人は一度じろりと睨み合い、それからに迫った。そんな二人にはこれまで他人に向けたことのないような満面の笑みで答えた。

「とりあえずお引取りください」

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