「これ、よろしくな!」

 そう言って笑顔で仕事を押し付けて帰った学級委員長を張り飛ばしても私に非はない。私の制止には一切耳も貸さずに、彼は廊下を走り抜けていった。あとで窓の外に見えたのは、奴が可愛い女の子と手をつないで下校している姿だった。次に会うときは背中を見せないようにすることだな。

 ため息まじりに折り紙をひとつ手に取った。色とりどりの折り紙を一つ一つ、丁寧に輪っかに丸めて繋げていく。よくクラス内のパーティとかで目にするちんけなアレだ。
 それにしても誰もいなくなった教室に一人だけとはなかなか寂しいものがある。委員長以外の役員も知らぬ顔で帰ってしまった。残されたのは副委員長に(勝手に)選ばれた私だけだ。
 いつも騒がしさに包まれている空間が静まると、見慣れたはずの場所さえ未知の地に思えてきた。

「納得いかねぇ!」
「何が?」
「うわあっ?!」

 不意に降りかかった声に、輪っかになった折り紙が手からポロリと零れて転がっていく。よりによって独り言が出たときに人が来るなんて。そろそろと声のした方に目を向けると、遊城十代が目を夕日色に光らせていた。明るい茶色に混じる、燃えるような赤に見入り、思わず喉を鳴らした。
 先ほど落とした輪っかは遊城の足元で止まり、力なく倒れた。それを興味津々といった顔つきで親指と人差し指でつまみ上げる。なんとなしに男のわりに細くてきれい、かつ繊細な指をしていると思った。反するようにその動きはがさつで、輪の繋ぎ目が解けるのではないかとハラハラさせられた。
 ずかずかとこちらに近寄ると、私が作業していた机の上にその輪を乗せるのだった。礼儀として会釈を低く返した。

「一人で作ってんのか」
「うん、みんな帰っちゃったからね」

 徐に尋ねてきた遊城に厭味をこめて返答した。彼は悪くないけれど、あいつらだけは今月いっぱいずっと呪ってやる。思わず笑みが浮かんだ私に、遊城はうまくない愛想笑いを見せた。気を使われるほど不気味な笑顔でもしていたのだろうかと、両手を頬に当てて顔を整える。

「じゃあさ、も帰ればいいじゃん」
「えっ……でも、」
「そうと決まれば行こうぜ!」

 いつ何が決まったのか小一時間ほど問い詰めたいが、腕を引かれて走り出したら、どうでもよくなった。机の上に散らかしたままの折り紙をほっぽりだし、一目散に廊下を駆け抜ける。途中すれ違い、怒号をぶつけてくる教師に頭を下げるのは私の役目だ。こちらとて好きで廊下を走っているわけじゃないのに。
 前を走る遊城の表情こそ見えないが、きっとそれは大層晴れやかなものなんだろう。顔を見ずとも足取りで分かってしまう単純さなのだ、遊城十代という男は。しかしこいつ、足が速すぎやしないか。既に息が上がり始めていて苦しい、これだから体育会系とは関わりたくなかったんだ。

 校舎を出て立ち止まると、ぶわっと毛穴という毛穴から汗が吹き出るように流れた。うわ、もう帰ってシャワー浴びたい。制服の内のシャツで首元を扇ぎ、風を送り込む。生ぬるい風でも汗に触れさせれば冷えて感じた。
 隣の遊城はといえば自転車を出して帰り支度をしていた。生憎私は自転車通学ではないのでそろそろお暇しても大丈夫だろうか。密かに帰ろうと試みるも、遊城に背を向けたと同時に力強く肩を引かれた。

「乗せてくって、な?」
「は、二人乗りは違反だよ」

 固いこと言ってると禿げるぜ、と笑う遊城に素っ気無くうるさい、と言い捨てた。クラスの女子みたいに男を喜ばせる可愛い反応は到底できないようだ。
 そうこうしている間に、私は自転車の荷台に乗せられていた。これは地味にケツが痛い。がくんと首が下に落ちて初めて、自転車が走り出したと気づかされた。

「って、私重いから! 止めて止めて!」
「聞こえねーっ」

 いくら風を切っているからって、こんな至近距離で聞こえていないはずがない。いつも揉み上げに隠れている耳を引っつかもうと手を伸ばすも、自転車が倒れるのを恐れてやめた。遊城は運動神経抜群でも、私はそうじゃない。受身なんか取れないまま自転車と仲良く倒れるさまが目に見えている。

 目まぐるしく見慣れた景色が流れていく。言い知れぬ高揚感を紛らわそうと、遊城の腰にしがみつけば、彼の肩が大きく跳ねた。
 あ、鼻の下が伸びた委員長が見えた。
 奴は私たちに気づくと、眉間に深い皺をひとつ寄せて大声を上げる。

「おい! 仕事は終わったのか?」
「女に現を抜かしてるお前に怒られる筋合いはないってよ!」
「今の自分の情けない顔鏡で見れば、猿顔!」

 猿顔の後ろで呆然としていた可愛い彼女が、端正な顔立ちを崩して笑いを吹き出した。ああ、そっちのほうが人間臭くて全然良い。

どこ行きたい?」
「どこでも!」
「じゃあカードショップまで付き合ってくれよ!」

 そう言えば遊城はいつもデュエルとか言いながらカードゲームをしていた。見た目や性格からはスポーツ一直線に感じられるのに。さすが今をときめくデュエルモンスターズと言わざるを得ない。私も始めてみようかな、と呟くと俺が教えてやるぜ、と楽しげな声が聞こえた。
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