※学パロ


はどうするんだ?」

 帰りの電車の中で、覇王が呼吸でもするかのように自然に呟き尋ねてきた。いきなり言われてもなんのことだかさっぱり分からない。
 向かいの窓から差し込んでくる夕日が目を焼いてきて、日が沈むのが早くて煩わしいとぼんやり感じた。
 ふと覇王を見ると日の光で細っこい髪の毛とまあるい瞳がオレンジがかっていて綺麗だった。
 直射する光が暖かいから、私を守ってくれていたマフラーを取って膝に乗せる。車内に暖房が効いているから暖かいんだ、とかそういう現実的なことは言わない。覇王はといえば面倒だといって最初から手袋さえつけずに登校していた。風邪を引くと軽く脅したけれど構わんと跳ね除けられた。構えよ。

「進路だ。どこへ行くか聞いている」
「ああ、そっちか……。ま、適当に」

 本当に言葉どおり適当にはぐらかすと、覇王の何も宿していなかった瞳が炎を燃やした。幼馴染でなくとも分かる。ちょっと、いやかなり機嫌を損ねてしまったようだ。

 終点の一歩手前で降りる私たちの車両にはもう人は僅かしか残っていない。いたとすれば窓枠に首を預けて夢の世界へ旅行中のお兄さんくらいだ。彼の耳から落ちたイヤホンが静かな車内に、それでもあまり目立つことなく音を漏らし続けている。あ、この曲ブッキー&亮の新曲だ。

「カードデザイナーになると言っていただろ」

 そんなこと、小学生の頃に言っていたかな。けど中学に上がってから覇王にはおろか、友人にだってそのようなことは言っていない。高校に入学したときには既に頭から抜けていた。覇王の記憶力のよさには目を見張る。
 それにしても覇王まで進路の話かぁ、息を吹きかけて曇らせた窓に落書き。ハネクリボーがなかなか上手く描けたけど、寒くないのですぐに窓の曇りは晴れてしまった。くりくりと鳴き声のように大きくしている覇王の目がその様子をじっと見ていた。
 今でも絵は描いているし、好きだけど、職業にするほど長けているわけでもない。そんなこと物心ついて少ししてから気づいた。

「上手くないし、やめたの」
「……俺と十代は好きだけどな」

 十代くん、とは覇王のひとつ下の弟だ。今はなんかの部活で部長を務めているらしく、毎日遅くまで部活三昧のようだ。一年前までは三人で登下校していたけれど、私たちが受験生になって部活引退してからは別々だ。ちなみに三人とも違う部活だ。
 しかし私は十代くんに自分の稚拙な絵をさらした記憶はまるでない。覇王にだって中学に上がってからはそんなに見せたことないし。

「私、十代くんに見せてないし、覇王も私の絵しばらく見てないじゃん」
「ノートの落書きとか、の部屋のゴミ箱に入ってたのを拾って十代に見せた」
「勝手に見たの!? つーかそれは捨ててたんだし!」

 ぷしゅ、と電車のドアが開くと同時に覇王はぷいっとそっぽを向いた。都合が悪くなるとすぐに目をそらすから、むんずと私に近いほうの頬を抓った。
 私が大きい声を出したからか、寝ていたお兄さんはぱちっと目を覚まして到着駅を確認する。そして慌ててイヤホンをつけ直してどたどたと降りていってしまったのを傍目で見ていた。

 ぷしゅ、とまたドアが閉まる。あれ、そういえば今どこだったっけ。おじさんの次は終点、と間延びした声が二人しかいない車両に響いた。覇王の頬を抓ったまま硬直していた手を、彼自身によってとかれた。乗り過ごしてしまった。目を見合わせて、どうしたものかと二人で首を傾げる。

「もしまだ決まっていないなら、俺と一緒の大学へ行け」
「ええ、海馬大ってレベル高いじゃん」
「……海馬大からレベルを落とすつもりだ」

 膝の上に乗せたままだったマフラーがずり落ちた。なんで、とか意味分かんない、と叫びそうになった口にチャックをすることとなった。それほどまでに金色の瞳は一層影を潜めていて、そこに言葉が全部吸い込まれていってしまったのだ。
 元々覇王は日々の積み重ねがきちんとしているから、学力はいつもトップクラス。それに比べて私ときたら、嫌いな言葉は努力、嫌いな行動は勉強という残念な人間だった。そんな私が彼と同じ大学に行けるはずもない。私のために覇王がランクの低い学校に行くというのもまず論外だ。


 電車のドアが閉まる音を背に終点のホームに足をつけた。降りた瞬間肌を刺すように吹く冷たい風に身を震わせ、マフラーをつけるため手を動かした。しかし隣から小さなくしゃみが聞こえて、瞬間手を止める。二人用として作られていないマフラーを覇王と自分の首にかけると、軽く首が絞められた。

、首が絞まる……」
「じゃあ絞まらない程度にくっついてよ」

 くっついたところで二人の身長差分は埋まらないけれど、暖かくはなる。
 夕日はもう山の向こうで、私たちの帰り道の方角の空では星が薄く瞬いていた。
 絞まっていた首元がふわりと緩くなり、肩に軽いおもみが圧し掛かる。ぴたりと足を止めると首筋には覇王の吐息がかかってくすぐったい。そして息が白い。

「このまま、どこか遠くに行きたいと思わんか」
「思わんよ、ほら帰ろう」

 はたくように撫でた覇王の頭はもふもふしていて柔らかかった。もふもふ。
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