ざあざあと激しい音を立てて降りしきる雨に、は暗鬱とした気分になった。
 朝は晴れていたからと油断をしていたら、昼頃から雲行きが怪しくなり、今となっては大雨だ。幾らアカデミアと各寮が近いからと言っても、徒歩だと十分以上はかかる。濡れて帰るのは嫌だ、とは玄関で立ち竦んでいた。

 ようやく濡れる覚悟が出来たのはそれから数分後のことだった。意気込んで足を踏み出そうとするを背後から呼び止める声がする。大儀そうにが振り返るとそこには真夏の太陽のような笑みを浮かべた十代がいた。

「なんだ、は傘持ってきてないのかよ」
「十代は持ってきてるの?」
「俺が持ってくるはずないだろ」

 さも当然だという風に十代は胸を張った。傘に入れてもらえるかもしれないという淡い期待を寄せていたはその言葉に頭を抱えて、また向き直った。玄関から見える扉の向こうの雨は、弱まることを知らない。

 突然、ふっと視界が真っ赤に染まり、は息をとめた。頭部に感じる重量が布だと悟り、がそれを少しずらして視界を開かすと隣には十代がいた。しかし先程までの彼とは違う。彼の一部となっていると言っても過言ではない、赤い制服が見当たらない。明るい色がなく、黒いシャツだけを身に着けている十代はいつもと違って大人びて見える。
 そこではふと気づいた。頭の上に乗っている赤い布は十代の制服なのだと。

「それ被っていけば少しは濡れずに済むぜ!」

 十代の言葉には目を大きく見開いた。まさか彼がこんなに気を利かせた行為をするなど、にとっては想定外のことだった。

「い、いいよ別に。それにレッド寮の方が遠いじゃん」
「俺は濡れんの嫌いじゃねーしさ」

 が慌てて十代に制服を返そうとすると、十代は軽くそれを拒んだ。暫くの間、胸のあたりで制服を握り締め口篭っていたは、弾かれたように顔を上げた。そしてきらきらと瞳を光らせ、鼻高々に口を開いた。

「じゃあこれ一緒に被ろう、十代も少しは濡れずに済むよ」
「いや、二人は入らないだろ」

 十代の尤もな意見はやってみなくては分からないというの勢いに負ける。変わったところで図々しさを持たないに、十代は呆れたように溜息をついた。密着させながら二人分の頭を押し込んでみるも、男性としては華奢な体つきである十代の上着では小さすぎた。

「近づくと暑いな」
「近づかないと入らないんだから」

 むすっと顔を顰めて睨み上げると、十代はうっと怯みながらを見下ろした。睨み、見下ろしたままの状態が続いたが、少ししてはふいっと顔をそらした。決して意識するところではないけれどこの状況が十代と見つめ合っていることに繋がると気づき、急に恥ずかしくなったのだ。
 しかし意識していなかったことに加えて鈍感である十代はそのことに気づかない。前触れなく顔をそむけるに、何かあったのかと心配そうに訊ねながら更に顔を近づけてきた。

「……何やってるんスか」

 突き刺さるような冷たい声に二人の心臓は跳ね上がった。恐る恐る振り返ると、両手に一本ずつ傘を携えた翔と剣山がこちらを見ている。剣山は困ったように、頬を赤らめながら苦笑いをしている。だが翔はじっと半目で十代とを交互にねめまわすように見つめた。

「えっと、アニキと先輩の傘も持ってきてるドン」

 額に汗を滲ませ、剣山はなんとか二人と翔の間に割って入った。

「サンキュー剣山」
「助かったよ」

 それが傘を持ってきたことに対してなのか、割って入ったことに対してのお礼なのか剣山には分からなかった。
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