ユベルが十代のことを深く愛しているのは周知の事実だった。事件に巻き込まれた十代の身近な人間は、嫌というほど記憶に植えつけられている。
 もその中の一人であった。他の面子はユベルにあまり好感を抱かなかったものの、だけは違っていた。一途に人を想い続けることが出来る純粋な悪魔に魅了されてしまったのだ。

 そんな恋心を知っているのは彼女の友人でも恋敵でもある、十代ただ一人だった。彼はその気持ちが理解できないといった風に顔を引きつらせただけで、否定することはしなかった。そして、ユベルとを二人きりにさせるなど、気の利いた行動をよく取るようになった。自分のこととなれば滅法疎いくせに、とは毒づきながらも彼に感謝していた。

 しかし、二人きりになったところでユベルがを意識することはなかった。は十代やヨハンと同じようにカードの精霊が見えれば声も聞こえる。会話するには問題がなかったのだが、残念なことに話題の種がなかったのだ。
 二人きりにされると、ユベルはいつも十代の部屋の隅にいた。古びたレッド寮のカーペットは少し湿り気を帯びていて、かび臭かった。

「ユベル、私のからだ使って十代に会いに行っても良いよ」

 なんとなしにそう呟けば、ユベルは初めてに注目した。言いようのない高揚感にぴりぴりと静電気が走るような錯覚に陥る。
ユベルは心底つまらなそうに目を伏せた。

「ボクと十代は一つになったんだ。君のからだなんていらない」

 ぷいとまたそっぽを向かれる。魂を融合したところで、愛が実ったわけではないことを理解しているのだろうかとは疑問に思う。いや、ユベルは理解しているのだろう。理解しているからこそ、その真実にもがいて強がりを言ったのだ。

「本当に好きな人には愛されないものなんだね」
「ボクは十代に愛されてるよ」

 ユベルは色の異なる双眸を鋭く吊り上げた。ゆらゆらと瞳の奥で燃える愛憎の炎をは食い入るように見つめ続けた。

 日が傾いた頃だった。部屋の入り口から聞こえる乱雑な音が十代の帰還を知らせると、ユベルは畳んでいた翼を大きく広げた。ユベルは一目散に十代に駆け寄る。まるでなど最初からそこにいなかったかのように、その横を通り過ぎて。
 窓から差し込む西日がの背中をじりじりと焼きつける。赤く腫れ上がった太陽は緩い速度で、それでも確実に下降していく。十代はその様子を苦々しく眺めていた。

「やっぱり私、十代を好きなユベルが好きなんだわ」

 幸せそうに十代に寄り添うユベルを見て、はぽつりと言葉を零した。
 自己完結したときには、不毛すぎて軽く眩暈を覚えるほどであったことを彼女は覚えている。けれど、初めて自分に向けられた、ユベルの艶やかな微笑の方がより印象的にの瞼に焼きついていた。

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