拝啓。爽やかな季節を迎えましたが、一年中夏のようなデュエルアカデミアでいかがお過ごしでしょうか。突然ですが、このたび結婚することとなりました。まだ籍をいれる日は決めかねていますが、だれよりも早くあなたに伝えたいと思い、筆をとりました。私が卒業して以来、あなたとは一度も会う機会がありませんでしたね。この季節になるとあなたが行方不明になった四年前を思いだします――……

 ひらいた手紙を再び折りたたみながら、吹雪はしずかに息をついた。この島がつねに夏でよかったと安堵していた。寒い季節ならこの息は白くにごり、ぽっかりとあいてしまった胸の穴をさらにひろげていたことだろう。


 手紙の差出人、と吹雪は中等部の頃からの同級生である。同級生であった、といったほうが正しいかもしれない。吹雪はダークネスの事件に巻きこまれたあと、二年も姿をくらましていたため彼女は親友の亮とともに卒業してしまったのだ。は明日香、亮とならんでずいぶん心配をかけてしまった人物の一人だった。

 ダークネスの精神支配がとかれ、学園にもどってに再会すると、ふだん弱さを見せない彼女の目から大粒のなみだがこぼれ落ちた。自分が原因でそうなっているというのに、あまりに絵になるその光景を吹雪は息をのんで見つめていた。まるでそのなかにべつの世界がとじこめられているのではないかと思うほど、涙はきらきらと光をあつめた。

「ずいぶんと待たせてくれたよね。私、もう卒業しちゃうよ」

 冷たく鋭い、氷柱のような声だった。ふたりから無事に帰ってきたことを十分よろこばれて迎え入れられたのでしょう。なら私は、たくさんの人に心配をかけたあなたを咎めよう。そういう意思が、ありありと伝わってくる。
 実際、責められて当然なのだ。まだ中学生だった妹や友人たちに帰ってくるかさえわからない不安を与えたことも、後輩のまえに敵として姿を見せたことも。
 は優しい。他人を叱るのは嫌われ役だ。その役をみずから買って出た。そして叱るということはそれだけ相手を想っているなによりの証拠だ。きっと自分の知らないところで彼女は吹雪のために涙し、苦しみ、悲しんだのだろう。それがわかっていたから、吹雪は批難を受けとめようとした。

 しかしいつまで経ってもから責めの句が紡がれることはなかった。きゅっと一の字にとじられた唇はすこしだけふるえている。

「私は二年、あなたの帰りを待った。今度は吹雪が私を追いかける番だね」

 は吹雪よりも二年はやく、新しい世界へと踏みだしていく。スタートはおなじはずだったのに、自分だけがとり残されていく。吹雪がとり戻さなければならない時間はけっして短くはなかった。でも、もこの二年という月日をかけて吹雪の帰りを待っていたのだ。背負って当然なのだな、と吹雪は苦笑をもらした。

「まあ、私は足がはやいうさぎさんだから、吹雪が亀のようにぐずぐずしてたらすぐにゴールしちゃうかも」
「おやおや、そのお話通りにいけば亀の僕がさきにゴールできそうだね」
「それはどうかな。かちかち山の話のように、うさぎはもっと狡猾で冷酷な動物なんだから」

 べえ、といたずらっ子のように舌をだす。あどけない彼女の仕草が網膜に焼きついてはなれなかった。


 これが結婚式の招待状でなくてよかった。ほんとうに彼女の言うとおりうさぎのほうがさきにゴールしてしまうところであった。吹雪は胸をなでおろした。どうやらは冷酷なうさぎにはなれなかったらしい。こうして一息ついて、自分を再び待ってくれているのだから。

「でも、どうせだったら僕は亀じゃなくて、の王子さまになりたいな」

 長い年月を眠ってすごしたお姫さまを、王子さまがキスで起こすなんて随分とロマンチックな話じゃないか。
 便箋は吹雪の手によって紙飛行機へと変わり、風に乗ってとおくの空へ飛んでいく。突きぬけるようにひろがる青い空に浮かぶちいさな白い点が消えるまで、吹雪は見届けた。さあ、僕もお姫様を迎えにいかなくては。

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