「だっ、誰だ?!」

 アリトたちの人間界での拠点は、ハートランド学園の体育館倉庫である。授業の前後でさえなければあまり人の寄りつかない、とっておきの隠れ家となっていて、今やテレビなどの私物さえ隠し置かれている。たとえ見つかったとしても夜でさえなければ、生徒が倉庫を使っていることに誰も疑問を抱くことはないだろう。
 もっとも、最終的には洗脳してしまえばいいだけの話なのだが。
 それでもそこが住処となってしまった彼らにとって、それが生徒であっても、来訪者とはあまりいい気がしないものだ。

 そう思った矢先の来訪者。それはアリトが身構えるには十分なものだった。青い女子生徒服に身を包んだ少女はすこし大きめの手提げ袋を一つだけ持っていて、傍から見ても体育館倉庫に用があるとは思えなかった。「こんにちは」とありふれた挨拶を一言だけかわして、少女は臆することなく進入してくる。暗がりの倉庫では日の下で見るよりも肌はいっそう青白く見えて、不気味さを増長している。
 明らかに異質なその存在にようやく気付いたのか、ギラグはごろ寝の姿勢から起き上がり、小さく手を挙げた。

「よお、待ってたぜ」
「こんにちはギラグさん。最近あまり来れなくてごめんなさい」
「待て待てお前ら知り合いなのかよ」

 今にも掴みかかってきそうなほどに血走るアリトの瞳に気圧され、ギラグは一歩だけ彼から距離をとった。なぜ人間が入り込むのを許容しているのか知りたくて仕方ないといった雰囲気だ。ギラグは顎に手を添えると、そう遠くない昔のことを思い出していた。


「だっ、誰だ?!」

 それはこの体育館倉庫に住み着いて間もない頃のことだった。当時はまだこんな埃っぽく薄暗い建物にも学園の者が出入りすることもあるとは知らず、ギラグはすっかり油断して自適な生活を送ろうとしていた。少し汚いことを除けば、屋根があって風がしのげる十分な土地であるのは確かだった。
 ところがそんな甘い考えを見事に打ち砕いたのが、偶然体育の授業の後片付けを任されたであったのだ。両手いっぱいにボールを抱えたと、口いっぱいにカップラーメンを頬張るギラグ。初めて対峙した時の互いの状況はそんな気の抜けたものだった。

 ぼんやりと呆けたまま動かないでいる彼女を取り残し、先に行動を移したのはギラグの方であった。見つかってしまっては致し方のないこととして、洗脳してはそのままを九十九遊馬とアストラルのもとへ刺客として送り込もうと考えた。
 ギラグが能力を放った刹那、は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。その腕から零れ落ちたボールは今にもカビの生えてきそうな床一面を、あちらこちらに思いのまま散らばっていく。

 しばらくしてはよろけながら立ち上がった。勝ち誇った笑みを浮かべながら、ギラグは腕を振り上げて高らかに命令を下す。

「さあ、九十九遊馬とアストラルからナンバーズを奪ってこい!」
「……えっ、誰ですかそれ」
「とにかくデュエルに勝ってナンバーズを奪ってくればいいんだよ」

 どうにも様子がおかしかった。洗脳にかかったかのように思えたは起き上がったかと思うと、状況を呑み込めないというように頭を抱えている。

「私デュエルできないんですけど、どうしましょう」

 その発言で、この女は洗脳にかかっていないのだとギラグは咄嗟に理解した。デッキを持っていないのはもちろん、ルールさえ理解していない非決闘者にバリアンのためにデュエルをしろと言ってもできるはずがない。厄介な人間に見つかってしまったものだと今度はギラグが頭を抱える番であった。

 そんな中ただは悠長に私有化された体育館倉庫を眺めまわしていた。足元に転がるのは食い散らかされたカップラーメンの容器やおにぎりの包み紙である。この中学生とは思えないほどの大男が、不健康そうな食生活を送っているだろうことは容易に想像できた。
 は力強くギラグの手を取ると驚きの色を隠せない彼を無視し、精悍な面構えで言った。

「今日から私があなたに正しいコンビニ弁当の買い方を教えます」


「――ということがあって、俺とは仲間になったんだ」
「聞いても分かんねぇよ……お前ら二人が馬鹿だってことはよく分かったがな」
「BK(バカ)はお前だろう」
「んだと? 俺のBK(バーニングナックラー)で相手してやるからデュエルしろ」

 狭い建物内に、ぎゃんぎゃんと騒ぎたてる声が響いていく。今にもデュエルをし始めそうな二人を遠くから静観しつつ、は自分の弁当を広げた。
 いつもはギラグに栄養バランスを意識したコンビニ弁当やサラダを買ってきてやり、昼食をともにしていた。しかし今日はもう予定外にもう一人、アリトがいる。知っていれば彼の分のコンビニ弁当も買ってきていたのだが――決して彼らの分の弁当を作ってやろうとは思わないが。
 一人で箸を進めていると、不意にギラグと視線がぶつかり、ギラグは一瞬停止した。そして胸倉を掴んでいたアリトを剥がすと、ずかずかとこちらに歩み寄ってくる。の真正面にどすんと腰を落ち着けて無造作に割り箸を割った。豪快に食べ進めるのは実に男らしいが、それが大根サラダであるのには思わず噴き出した。大きなギラグの手で髪の毛が乱される。

「一人で食うより二人で食ったほうがおいしいだろ」
「……うん、そうですね」

 のどかに昼食をとる二人を前に、アリトは一人取り残されていた。

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