dawn5の9尺様より相互記念でいただきました!他にも素敵な小説たくさんありますので是非是非!
転校してわずか数週間で初対面の人しかいないクラスにあっさり馴染んだ彼の名前は真月零。オレンジ色の逆立った頭に、すみれ色の瞳、人懐っこい笑顔……は、どういうわけだか、無性に彼に惹かれている。
彼と彼女の間に接点はない。惹かれた理由も、ない。そしてこの感情の名前も分からない。惹かれていることと、何かしらの明文化された感情を持つことはイコールではないということをは初めて知る。
「(あ、真月君、今日も遅刻だ)」
「(お昼みんなでどっか行っちゃった。屋上かな)」
ただ意味もなく彼に視線が向かってしまう彼女を、周囲の人間が放っておかないのは当然のことだ。
「(……帰っちゃうの早いなぁ。いつもなんだけど)」
のいる班は教室の掃除、真月の班は今回は割り当てがない。真月と同じ班の九十九遊馬や観月小鳥と一緒に教室を後にした。それをいつものように目で追いかけていたの背後に、少女が立つ。
「さんって、いーっつも見てるよね」
「わっ!? って、キャットちゃん?」
「小鳥だけかと思ってたら思わぬところに伏兵が……」
「え? 顔怖いよキャットちゃん」
「ニャーッ!! 負けないわよー!! 遊馬はぜーったいに渡さないんだからー!!」
「……何の話?」
「きゃっと?」
どうやら彼女、キャットちゃんことキャッシーはがずっと見ている人物を遊馬だと誤認し、さらに彼のことが好きなのだ、と誤解をしていたらしい。本人からしてみれば感情の矛先も、感情そのものも間違いなのだが。
といった具合で、は掃除が終わり二人で下校することになったのでキャッシーの誤解を解いた。だがキャッシーはどうしても「何の感情も抱いていない」ということを素直に受け入れてはくれなかった。
「それっておかしくにゃい? だってついついで人のことジーっと見ることなんてしにゃいわよ」
「私もそうだと思う……思ってたんだけど、でも見ちゃうんだって」
「だーかーらー、それって絶対真月君のことが好きにゃのよ!」
「だーかーらー、そういう意味の好きじゃないってばー。さっきも言ったじゃん」
「じゃあにゃんで見ちゃうの?」
「それは……」
言葉に詰まった。本人も気づいてはいるのだろう。が真月に対して何かしらの感情は抱いていることに。だがその何かしらが分からないのだ。
話が長引きそうだと判断したキャッシーはこの近くにあるアイス屋に寄ることを提案した。断る理由もなかったのでもあっさり了承した。
お互いに注文したアイスをスプーンで突きながら、話の続きをした。
「……それじゃ逆に、真月君はどんな感じなの?」
「ん?」
「に見られてて」
「えー……ってキャットちゃん、今私のこと名前で呼んだ?」
「細かいことは気にしにゃいで! それでそれで?」
「うーん……あんまり気にしたことなかったかも……」
「目があったりとか!」
「あ、するかも」
「その後!」
「え? あー……逸らされる? かなぁ」
「にゃるほどねぇ……」キャッシーはスプーンを咥えて、斜め上を見ながら思案顔。そして思い当たったらしく、吊りあがった目をに向けた。
「きゃっと、照れてるんだわ!」
「……そうかなぁ」
「そうじゃないとしても、そっちのほうが嬉しくにゃい?」
「えぇ? そう?」
それから「その気はないのに告白されて嬉しいか否か」という話から脱線していき、話し込んでいるうちにアイスはすっかり溶けてしまった。そのことに二人が気づくのは、日が落ちてからになる。
そしてキャッシーとすっかり仲良くなったは、闇と街の光のコントラストの激しいハートランドシティの夜道をひとり歩いた。
あまり遅くに帰ることもない彼女には、夜の街というものは全くの未知である。
大人が多い。知らない人しかいない。そのことが彼女の歩みを知らぬうちに早くさせる。
誰かが見ている気がしてならない。そのことは彼女をうつむかせる。
さっきまでの楽しかった出来事がどこか遠くに行ってしまったようだ。彼女は不安に飲まれる。
「――あっ」
向かいから歩いてきた人に衝突してしまう。下を向いていたせいだ。謝ろうとその人の顔を見て、咄嗟に出てきた言葉は謝罪のそれではなかった。
「真月君……」
つい先ほどまで話題の渦中にいた、その人だ。
ただ、いつものにこやかな表情と違い、口を真一文字に結び、感情の一切を表情に出してはいなかった。
彼の目がを認めると、そしてすぐに視線を逸らして前に進んだ。
「……あっ」
謝ろうとしたときには時すでに遅く、彼はに声をかけることもなく夜の街へと消えていった。
「(しくったな)」
真月零――その実はバリアン七皇のひとり、ベクターである――は、との一瞬の会合を後悔していた。
“真月零”ならば、あの場面でぶつかってきた彼女に自分から謝る気の良さを見せ、かつ少し話し込み、自分のことを棚に上げて「夜遅くに出歩くのは危険です」の一言ぐらいかけるはずなのだ。――なのだが。
「どうもな~……調子が狂うっつーか、何つーか」
彼は彼女の前になるとなぜだか“真月零”をうまく装えなくなるようなのだ。
いつも、学校で目が合うときもそうだ。
そうなった際の“正解”のパターンは心得て、事実彼女以外の人にならば実行されているのだが、こと彼女に限ってだけ、それができない。
“素”の自分がどうしても出てきてしまう。その理由は当の本人も分かっていない。だから、彼は無視をし続けることを選択した。最適ではなくとも、最悪でない選択である。
思案に耽っていると、肩がぶつかってしまった。相手を一瞥する。真月零を夜の街に似つかわしくないと評するなら、その相手は真逆の人物であった。彼が見た目通り、普通の学生であったのならば萎縮するところであるが、生憎そうではない。ベクターは一瞥の後、さっさと退散しようと歩を進めた。
「オイ! 謝れよクソガキ!」
向こうが肩を万力の如き力で掴む。素を出すか出さないかで些か逡巡する。だがベクターはそれをあっさりと手で払う。
「そっちがぶつかってきたんじゃないんですかぁ?」
そしてベクターは煽ってみせた。単純すぎる煽りだが、この手の人物には最適であると踏んだためだ。つまり、出さない方に決定したようだ。
「何だとこのガキ……! ぶっ潰してやる! デュエルだ! デッキを出せ!!」
案の定である。ベクターは思わずほくそ笑み、デッキを取り出して一言「アンティでやろうぜ、デッキをかけてさ」と言い放ち、向こうもそれに乗った。
――これは息抜きだ、とベクターは自負している。しかし、その根底には彼女、への対処の誤りからくる苛立ちがある。要は八つ当たりなのである。本人はそのことに気付いているのか、気づいていないのか。とにかく、生き生きとした表情でデュエルをやっていたことは確かである。
挑発こそ一人前だったが、腕前は三流だった。ベクターは難なく相手からデッキ――デッキテーマはシャイニングだ――を略奪した。
「随分とかわいいデッキ使ってたなぁ……まぁ有効活用してやんよ、ゴクローサン」
下品な笑い声と失意に明け暮れる相手を残し、ベクターは夜の街へ消えていく。今の彼に戻る場所はないのだ。
■
と真月の一瞬の会合から何週間が経つ。クラスでは来る学園祭に向けて準備をしている真っ最中であった。はあの日以来すっかり仲良くなったキャッシーと共に衣装づくりに励んでいた。
「はにゃんのモンスターにするの?」
「えーと、ホーリーエルフにする予定~……キャットちゃんのそれ、自分のじゃないよね?」
「そう! これは遊馬の衣装にゃの!」
「……小鳥ちゃんがよく譲ってくれたね……」
「小鳥は譲ってないわ。だから上は小鳥で下は私ってことで妥協したの」
「ああ、なるほど……」
相変わらずだなぁ、とはひとりごちる。すると突飛にもキャッシーは「は、真月君の衣装作らにゃいの?」と尋ねる。
「ええ?」
「だって、ほら」
そう言い、キャッシーは彼がいる方を指さした。舞台作りのための舞台小物を作っているようだが――
「ああっ!」
「なんだよ真月、へったくそだなぁ」
幾分不器用なようである。一緒に作業していた遊馬にも指摘されている。
「あの様子じゃ、まだ出来上がってにゃいわよ」
「……いや、でも、さあ」
仲がいいわけでもない自分がそういうことをしてもいいものなのか、と考えあぐねていたにフラストレーションを溜めたキャッシーは、そして爆発して行動に移した。
「ウジウジしにゃい! ほら!!」
言うや否や、キャッシーは立ち上がっての手を引き、真月の所まで持っていく。
向かってくる二人に気付いた遊馬が「おうキャットちゃん! もうできたのか?」と声をかけた。
「あのね遊馬! ちょっともう一度だけサイズ合わせしたいんだけど、いいかしら?」
「いいぜ~」
そうしてらを残して二人はそこを離れる。その時にキャッシーはに目くばせしていたことから察するに、確信犯なのだろう。
あの猫娘、とが内心毒づく。ちなみに彼女には知るよしもないが、彼も同様に毒づいている。
沈黙。
これ以上の沈黙が続くとまずい話題を切り出せなくなる、とは短い人生経験から察し、勇気を振り絞って真月に声をかける。
「し、真月君って」
「? はい」
「もう衣装って作り終わった……?」
「……いえ、まだですが」
もう終わっていた、アテがある、といった返事でなく、僥倖! とは表情を明るくして尋ねる。
「よければ、私つくろうか?」
「……えっ」
「あ、えっと、よければって話だけど、うん」
「はぁ。…………さんが、いいって言うなら。お願いします」
その返事に、の顔はますます華やぎ、寸法のためのメジャーを取ってくると言い残し、その場を去った。
後に残された彼は、ひっそりと眉を顰める。――それは彼女にでなく、自分に向けたものであった。
「(断るつもりだったんだけどな……やっぱ調子狂うわあの女)」
そうして思い返すは、自分に向けられたの笑顔であった。
採寸を終えたは、衣装用の布を貰ってからさっそく裁縫に取り掛かっていた。
「」
「キャットちゃん」
は手を止め、友人を見る。その友人はというと、非常にニコニコしながら、の隣に座った。
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
「う、うん」
はにかみ、作業の再開をするを、キャッシーは微笑ましく感じていた。
「嬉しそう」
「はっ!?」
「真っ赤。ほら、やっぱり好きだったんじゃにゃい」
「いや、あの、その」
「ああ、いいからいいから。照れ隠しってわかってるから」
「違っ」
どう取り繕っても、墓穴しか掘らないことには気づき、そして俯いた。
――好きじゃないって、否定するような材料が、見つけられない。
そのことに気付き、完璧に退路が断たれると、の顔はますます赤く染まるのであった。
■
学園祭まであと一日、という日になり、準備の方も大詰めを迎えていた。
は二人分の衣装を作るということで時間がかかり、未だ完成に至っていなかった。
「それじゃ私たち帰るけど、さん戸締りよろしくね」
「うん。お疲れ様」
のクラスは飲食なので、内装はそこまで時間が裂かれることもなかったようだ。
仕上がった部屋の中ひとり、はひとり縫い物を進めていた。
「(結局……引受けたはいいものの、すごい時間かかっちゃって、真月君に申し訳ないな……)」
ひとりになると考えるのは彼のことだった。
「いやいや、今のはノーカンでしょ。うん。絶対しない」
本人は未だに好きであるということを否定はしている。
というのは、彼女の今までの経験に由来するのだ。が異性を好きになるのは何かしらの理由が必ずあった。優しくされたとか、勉強ができるとか。しかし、今回はそれがなく、ただ何んとなく気になった。明確な理由がないのだ。
本人もこの状況にやきもきしているのだろう。だから衣装制作の代行できっかけを作り、理由をつくって、ちゃんと彼のことを好きになってしまおう……という魂胆だったのだが。
「ない、なぁ……」
衣装制作を引き受けてから今まで、彼から催促されたことは、なかった。それが遅れた理由のひとつに挙げられなくもない。
は受け身体質な人間なので、向こうからのアクションを待っていたのだが。
「……さっさと作って、おうち帰ろう」
完成したのは黄昏も終え、夜の帳が下りてからのことになる。
片づけを終えて学校に出たは暗闇の中、ひとり帰路に着いていた。
「なんか、目がしょぼしょぼする……」
ずっと針仕事をしていたためか、目の焦点が何とはなしにズレている気がしてならない。暗さに目がまだ慣れていないのかもわからん。はしばらく目を擦っていた。
そして、しばらく歩いていたはふと気づいた。
――前に真月君に会ったときと同じ状況だ、と。
もしかしたら、もしかするんじゃないか……と期待を抱く一方で、そしてこうも思った。どうして彼はあそこにいたのか。
あの日の彼は遊馬と一緒にさっさと帰宅をしていた。出会ったところは住宅街からも離れたところに位置する。辺りにマンションなども、特になかったとは記憶している。
遊んでいたのだろうか。誰と? 遊馬辺りが妥当なのだろうが、人から聞いた話で実際に行ったことはないが、彼の家は正反対ではなかっただろうか。そもそも、あのあたりに中学生が遊ぶ場所なんて、あったのだろうか。
「(なんか……ううん、考えすぎだよね)」
考えを取っ払って、は改めて前を見た。
すると、視界の端に目立つオレンジを見る。
――あの後ろ姿は、間違いない。真月零その人だ。
車道を挟み、隣の歩道に彼はいた。話しかけよう、と思い左右を一度確認して安全を確認してから車道を横切る。
しかし、角から曲がってくる車は、に気付かなかった。彼女自身も、車の存在に気付かなかった。
「危ない!!」
その声で、漸くは気づいた。
あと数十センチに迫った車の存在に。
「え、」
目を開き、状況を受け入れられず、ただその光景を眺めていた――――はず、だった。
瞬間、彼女の視界は白く染まっていた。何か温かいものに包まれていると次に気づいた。
何かから剥がされ、色の正体はシャツであったことを知る。
助けられたのだ。
「……え? 真月、君……?」
――私、確かにあの時、道路にいたのに。結構距離あったのに。何で?
そう言おうと、口を開いたが、彼の方が早かった。
「バカじゃねえのかお前!?」
すごい見幕。怒号。は思わずぎゅっと目を瞑った。
普段の彼とは思えない、荒い言葉だった。
「あ、……ごめん、なさい」
訊きたいことばかりだったはずだが、咄嗟に出た言葉は謝罪のそれであった。
その言葉を聞き、舌打ちを打ち、彼は踵を返してしまった。その後ろ姿をただ茫然と、は眺めていた。
口調も、舌打ちも……普段の彼からは想像できないような素行だ。それだけならまだよかったのかもしれないが、あの瞬間移動したとしか思えない、あれは一体。
安堵と不信と、両方の感情が彼女の中で蜷局を巻いていた。
そして不信感を抱かせた、ということに気づかないベクターではなかった。
「クソッ、クソッ、クソ――」
己の計画が些細なこと――という存在――から危うく崩れる可能性を、彼は案じる。
そもそもの話だが。彼は別に彼女を助ける必要など、なかったのだ。
車は曲がり角だったためにスピードを落としていたから、例えぶつかっても多少の打ち身ぐらいで済んだだろうし、そもそもベクターにとっては関係のない他人なのだ。
――なのに、どうして。能力まで使って。
が不信がっていた瞬間移動の正体は、ベクターがバリアンの力を使い、少しの間時を止め、その間に彼女を救出した、ということである。
不服ながらも、ベクターは認めざるを得ない。
ほとんど無意識のうちに、に強い感情を抱いていることを。
彼女は危険であるということを。
「……そろそろ潮時ってことか」
――楽しかったぜ、クソみたいな学園生活。
月を仰いだ。
培ったものが一瞬で崩れ去る高揚感を楽しみに思いつつも、心にどこか残る虚ろさをベクターは鼻で笑って、前に前に伸びる影を見た。