☆遊矢

 カーテンの隙間からこぼれてくる朝の光から逃れようと、布団を深くかぶる。ああ、あったかい。まだ気温も高くないこの時間帯に、布団のぬくもりから抜け出すことはできない。かたく瞼を下ろした時だった。とてつもない重量感が腹の上にのしかかる。ぐっ、息が苦しい。

「もう、姉まだ寝てるの? いい加減起きなよ」

 ぎしぎしとベッドのスプリングが悲鳴をあげる。やめろ腹の上で動くな。昨日食べたものが出てくる。
 まだ開き切らない目でぼんやりと世界をとらえる。すると、おはよう、とにっこりした笑顔が向けられた。からからに渇いた喉であいさつを返す。まだ頭が冴えていない。

「あはは、寝起きのへんな顔」
「……そう思うんならどいてくれませんかね、遊矢くん」
「いいじゃんこれも弟の特権でしょ」

 若干の怨みをこめた言葉はするりとかわされて消えてしまった。いやいや小さい子どもならいざしらず、育ち盛りの少年を腹にのせてるって案外つらいからね。お姉ちゃん朝からグロッキーだからね。
 そんな私の様子を見て、遊矢はぼすんと倒れ込んできた。これで体重が分散されて少し楽になったね。なんて言うと思ったか。今度は胸が圧迫されてくるしい。呼吸が浅くなる。

姉が悪いんだよ。今日一日は俺と遊んでくれるって約束だったのに……俺ばっか楽しみにして早起きして、姉はぐっすり寝てるなんて」

 首筋にかかる遊矢の髪と息がくすぐったい。逃れようと身を捩ると時計の針が目に飛び込んできた。てめえ、まだ8時前じゃねーか。許容範囲だろこの時間は。何時から起きてて文句言ってんだ。

「まあこうやって二人で寝るのもいいかもね。ベッドに入っていい?」
「許可しません。せまい、窮屈、暑苦しい。起きるから早くどいて」
「けち」

 なんで中2にもなる弟とおなじ布団に入らなきゃいけないんだ。勘弁してほしい。
 もそもそと布団から這い出る。ふあ、と大きなあくびをすれば遊矢は支度をはやく済ませてしまうように急かしてきた。朝から元気だなあ。私はまだ身体中が重くてだるいよ。

「そんなに遊びに行きたいなら私じゃなくて柚子ちゃんたちを誘えばよかったんじゃない」

 わくわくそわそわとしていた遊矢の瞳からスッと光が消えた。なにやら地雷を踏んだらしい。氷のように凍てつく視線に絡めとられ、体がぴたりと動かなくなった。これはめんどくさいことになってしまった。

「はあ? なにそれ。俺は姉とふたりで遊びたいってずっと前から言ってたよね。それともなに、姉は俺と遊ぶのが嫌なの? 俺を捨てるの?」
「わかったごめん私が全面的に悪かった。いそいで支度するから下で待ってて」

 まくしたてるように迫ってくる弟の額をありったけの力で押さえつける。朝からそんなに情報処理できないから伝えたいことは短い言葉でまとめてほしい。
 上半身を無理やり起こすと、遊矢はすんなり身を引いた。体の節々がだるくて重い。本当はまだ寝ていたいという気持ちがよりいっそう次の行動へ移すのを阻害する。そんな私を見て、遊矢は期待に瞳を輝かせた。

「着替え手伝おうか?」
「今日のお出かけは中止ですね……」

 それはいやだ! と叫びながら慌てて部屋を出ていく様子にげんなりとした。姉弟だし、べつに着替えを見られるのは私自身どうってことないのだが、弟の未来のことを思うと放置してはならない問題だろう。変な道に走らず、このまま純粋にまっすぐ育っていってほしい。


 一通りの支度を済ませてからリビングに入ると、待ってましたと言わんばかりに遊矢が立ち上がった。母さんもとっくに起きて活動を始めていたが、テーブルの上には朝食が用意されていなかった。お腹空いてるのに。

「母さん、朝ごはんないの?」
「ええ? 今日はと出かけるから朝ごはんはいらないって遊矢に言われたのよ」
「ええ……」

 母さんの朝ごはんが良かった。非難するように遊矢を睨めば、グルメスポットが載った雑誌を手にドヤ顔をしていた。朝から外食か、しんどいな。

姉はやく行こうよ。まずはご飯食べに行く? 遊ぶ? それともデュエル!?」
「もう好きに決めてくれ」
「それじゃあ母さん、行ってきまーす!」
「あんたたち本当に仲良いね、気をつけて行ってきなさい」

 いい年をした姉弟の距離感ではないことを母さんに指摘してほしかったのだが、案の定ただ微笑ましく見送られるだけに終わった。朝からすっかり気疲れしてしまった私をよそに、遊矢は私の腕を絡めとってぐいぐいと歩き出す。なんだかんだ言って、すぐ隣で楽しそうに予定をたてる弟に甘い私も悪いのだ。



☆ユート

 今日は学校も休みだし、久々に羽が伸ばせる貴重な日である。こういう時には普段できないことをしたい。そういえば巷ではなにやらすごい大道芸人が流行っているらしい。この機会に一度見に行ってみようかな。
 そう思いたって靴を履こうとしたところ、強い力で肩を引かれた。誰だ、なんて考える必要はない。この時間帯にこの家にいる私以外の人間はたった一人だけだ。

「姉さん、学校は休みだぞ。忘れたのか」
「ボケてねぇわ。ちょっと大道芸でも見に行こうかと思って」

 私が学校に行く以外で外に出ることなんてないとでも言いたいのか。首だけで振り返ると、そこにはやはり弟がいた。ユートは私の何気ない発言にわなわなと肩を震わせている。
 ユートは私に対して異常なまでに心配性、というか過保護であった。自分がしっかりしている分、姉がどこか抜けて見えているのだろう。実際彼のほうが大人びているとはいえ、私だって年長者であるからそこまで心配をかけるような行為はしないというのに。

「大道芸を見に行くなんて絶対にダメだ。芸者は男だろう? 姉さんに変な虫がついたらたまらない」
「芸を見に行くだけであって芸人さんと話すことはないでしょ」

 仮にもし会話を交わしたところでそういう雰囲気になることもないだろう。いちいちそんなことを気にして異性と接していたら自意識過剰の痛いヤツになってしまう。
 それでもユートはまだ納得していないようで、私を引き留めるのに躍起になっているように見えた。

「道中で隼と出くわすかもしれない」
「隼ならべつにいいじゃない」

 これならどうだ、と言わんばかりに持ち出された仮定の話に首を傾げた。
 黒咲隼はユートの親友であり、私の学友である。もちろん彼の妹である瑠璃とも親交が深い。瑠璃はとても懐いてくれていて私も実の妹のように可愛がっている。時折隼から嫉妬の眼差しが向けられるが、女どうしの絆に入ってこれない彼をふふんと鼻で笑っていた。こんな感じで、私たち四人は行動を共にすることが多いのでなにも問題はないだろうに。

「ダメだ。隼は自分たち兄妹と俺たち姉弟でカップル成立にちょうどいいと思っている節がある。偶然を装って姉さんと出会い、デートにこぎつけてくるかもしれない。俺は隼のことを義兄さんだなんて呼びたくない。というか隼に姉さんは渡さない」
「いやいや、隼はそういうこと考えるタイプじゃないでしょ」

 あのシスコン野郎が瑠璃の交際を認めるというのがまず考えられない。ユートは「姉さんと結ばれるために妥協してくる」なんて真面目な顔をするが話が突飛すぎて信じられない。そもそも隼が私を好きという前提がおかしいのだ。ユートのそれはもはや懸念ではなく妄想の類である。

「姉さんは……にぶい」

 そんなことを言われても思い当たる記憶がない。いつもユートや瑠璃がいるため、隼と二人きりになることなんてないし、たまに二人でいても他愛のない話をするくらいだ。むしろ私がしゃべり倒して、隼は相槌を打つだけなのでうるさいと思われていても不思議ではない。

 うーんと眉間による皺をユートが人差し指でのばしてくれた。先ほどまでの渋い表情とは異なり、どこか儚げな笑みを浮かべている。

「とにかく姉さんを一人で出歩かせるなんてできない。どこかに行きたいなら俺を連れていってくれないか……」

 しゅんと俯いてしまった弟の頭をぽんぽんと撫でてやる。こんなに姉思いの弟を持つ私はしあわせかもしれない。

「じゃあいっしょに行こう、ユート」

 ぎゅっと彼の手を掴むと、ユートはすこしだけ頬を赤らめて嬉しそうに視線を彷徨わせた。


 そんな和やかな雰囲気は次の瞬間にぶち壊された。けたたましいノック音が家中に反響する。このまま玄関ドアを突き破ってくるのではないかと不安にさせられる勢いだ。いったい誰が来たのだろう。まさか強盗とか。ちらりとユートを見れば苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「ユート、いるか? 暇をしているかと思って来てやったぞ。はいるか?」
ー! 遊びにきたわよ!」

 なんだ黒咲兄妹だったのか。びっくりした。
 いま出ますよ、と鍵を開けようとするとユートに制止されてしまう。これでは彼らを招き入れることができないではないか。

「隼だけじゃなく瑠璃まで姉さんを……姉さん、居留守を使おう」
「えっ」
「たまには二人でのんびり過ごすのもいいだろう? 姉さんの好きなココアレモネードコーヒーもつくる」

 そんな禍々しい好物がある覚えはさらさらないが、めったにない弟のわがままだ。なぜか聞いてやりたくなってしまう。
 黒咲兄妹に心の中で詫びながら二人で静かに玄関から離れると、ユートはいつものかたい表情をやんわりとゆるめて微笑んでいた。



☆ユーゴ

 籠いっぱいの洗濯物を見て、ふうと息をこぼす。これがたった二人分の量だなんて信じられるだろうか。
 物心ついたときから私は弟と二人、コモンズのとある施設で過ごしてきた。施設のメンツの中では私はとっくにお姉さんである。弟はともかく、私はそろそろここを出てもおかしくない年齢だ。できれば弟といっしょに出たいのだが、お金の工面もままならない現状では厳しいだろう。
 そんなわけで追い出されないようになるべく自分のことは自分でするように心がけているのだ。

 うーん、しかしこれは。汗やらなにやらでどろどろになった弟の服を眺める。これと自分の服を同じ洗濯槽に入れるのは少し抵抗がある。もっとも、私の服も仕事着であり多少汚れてはいるのだけど。にしたってどこでなにをしてきたらこんな汚くなるんだ。

「ねーちゃん!」
「ごッフ!」

 突然訪れた背後からの衝撃に体を支えきれず、顔から洗濯機に突っ込む。ごいん、と鈍い音が響く。非常にいたい。脳みそが揺さぶられる感覚に酔いながら顔を上げる。

「はは、痛ったそうな音したな! どんくせえ!」

 晴れやかな笑顔で笑い飛ばすわが弟、ユーゴがいた。こいつ、こういう挨拶はやめろってあれほど言ったのになぜすぐ忘れるんだ。わざとなのか。リンちゃんだってあの可愛らしい顔を鬼のように強張らせてきつく注意してるというのに。

 ユーゴは目敏く洗濯籠を見つけると、中のものを迷いなくすべて洗濯槽にぶちこんだ。本人からしたら手伝ってくれたつもりなのだろうが、これではありがた迷惑だ。

「分けて洗おうと思ってたのに、もう」
「なんで分けるんだよ? そんなことしたら俺の服にねーちゃんの匂いが……」

 タイミングよく回り始めた洗濯機の音でユーゴの言葉は遮られた。うん、洗剤を入れなければ。ユーゴは場を取り繕うように笑った。

「あ、じゃあ俺ちょっと出かけてくるから!」
「あんまり遅くならないでよ」

 ガキじゃねーんだから大丈夫だって! と走っていってしまう背中を見送る。私からしたらまだまだ十分子どもなんだよな。特にあの子は無鉄砲というか、まあ、馬鹿だし。いったい誰に似たんだろう。育てたやつの顔が見てみたい。そうです私です。さて次は掃除でも手伝いますか。


 乾ききった洗濯物を畳み終えた頃には、とっぷりと日が暮れていた。施設の台所からおいしそうな匂いが流れてくる。もうご飯の時間だというのに弟はまだ帰ってこない。
 リビングに顔を出すとリンちゃんが皆のご飯をよそってくれていた。てっきり弟は彼女と一緒にいるものだと思っていたがどうやら違ったようだ。彼女も弟がどこに行ったのかは知らないらしい。まったく世話の焼ける。

「ユーゴ、ご飯だよーはやくしないと皆に食べられちゃうよー」

 どうせその辺にいるだろうと高を括って適当に呼びかけてみる。あたりに人影はなく、ぽつりぽつりと灯る家の明かりが街灯の役割を担っている。コモンズの上部に位置するトップスのネオンのおかげで星空はほとんど見えない。シティの人口の1%しかいないのだからあんなに明るくする必要ないだろうに。

「ユーゴ? いないのー?」

 声を張り上げるが返事はない。窓から知らないおばさんにじとりと睨まれた。小さく謝罪して走り逃げる。

「またDホイール組み立ててんのかよ」
「あーあ、またそんなに服汚しちまって。お前の小うるせえ姉ちゃんに怒られるぞ」

 けたけたと笑う声に入りまじってくる会話に足を止める。音を頼りに入り組んだ路地を進んでいく。そっと陰から様子を窺うと、そこにはDホイールをいじる弟と、彼と年の近い男の子たちが数人いた。こんなところで遊んでいたのか。

「小うるさくなんかねぇよ! ねーちゃんは俺を心配してくれてんだっつの!」
「な、なんだよ。服汚すなとか早く帰れとか言ってきてうるさいってお前も言ってただろ……」
「うるせー! お前に俺のねーちゃんを悪く言われる筋合いはねぇ!」

 威嚇するようにユーゴが足元の工具箱を蹴り上げる。スパナやドライバーが地面に叩きつけられる派手な金属音に怯み、少年たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。直情的すぎる弟に頭を抱える。転がってきたボルトを拾い上げてユーゴに近づく。

「日が暮れる前に帰ってこいって言ってるでしょ」
「あれ、ねーちゃん……なんでここにいんだ?」
「迎えにきたの。早く帰ろう」

 散らばった工具をすべて箱に収めてやる。ユーゴは大きい瞳をぱちぱちと瞬かせていたが、ぱっと子どものように無邪気に笑った。

「へへっ、手ぇつないで帰ろうぜ!」
「あんたDホイール押して帰んなきゃいけないから無理でしょ」



☆ユーリ

 控えめなノックの後に、重苦しい開錠の音が響く。この部屋を訪れるのも、その扉を開けられるのも、私が知る限りでは一人しかいない。ぴょんと伸びた頭頂部の髪が跳ねる。

「やあ、今日も元気?」

 元気なもんか。いや、元気だけどさ。白々しい態度で部屋に入ってくる弟のユーリを恨めしげに見上げる。
 弟に閉じ込められるようになってから数か月が過ぎた。正確な日にちは分からない。この部屋には時計もカレンダーもないから時間の流れがつかめないのだ。しかもできることが少ないから死ぬほど暇である。こんなに退屈ではいつか病気になってしまう。

「外に出たいな」
「ダメだよ、アカデミアは広いからが迷子になっちゃうだろ」

 なんだその理由は。小さい子どもじゃないんだから。というかユーリより年上だってば。

「さすがにならないよ……なんならユーリといっしょでも良いから外に出たい」
「なにその妥協しましたみたいな言い方。毎日この部屋で僕と会うだけで良いでしょ」
「良くないよ! ふつうに暇だよ!」

 しかも妥協みたいな、じゃなくて思いっきり妥協だよ。いったい何がそんなに嫌なのか、弟は頑なに私をこの部屋から出したがらない。
 親しくしていた友人たちは私が突然消えて困惑していないだろうか。え、困惑していたら探しに来るだろうって? もしかして友達と思われていなかったかもなんてそんなまさか。あんなにたくさんデュエルしあったのに。今じゃデュエルする相手といえば弟くらいだ。

「あーあーたまには弟以外とデュエルしたいなー」
「そういうことは弟に勝ってから言いなよ」

 あんたが強すぎるんでしょ。プロフェッサーに実力を認められてるくらいだし。ユーリと比べられるのはつらい。私だって弱いわけじゃない、弟に勝てないだけであって戦場に立てるだけの力はある。
 いや、つい最近までは私も最前線で戦う兵士だったのだ。デュエル中に怪我を負ってしまった日を最後に引退させられてしまったが。大事には至らなかったというのに、あの日のユーリはとてつもなく怖かった。あんなに冷ややかな笑みを身内から向けられるなんて思ってもみなかった。


 その事件を境にユーリは随分と私を束縛するようになった。もう息苦しいったらない。
 私の心情は察しているのか、弟はやれやれと言うように首を振った。

はわがままだな」
「どっちかというと私を閉じ込めてるユーリの方がわがままだって」
、うるさい」

 ぴしゃりと両断される。まったく姉としての威厳というものがない。ユーリも小さい頃は「ねーたま」って後ろをついてきて可愛かったのに。うん。嘘をつきました。遠い昔の記憶は薄れてしまってよく覚えていない。いまのは都合のいい妄想だ。

「とにかく、ユーリくん呼び捨てやめよう。私はあんたのお姉ちゃんだから。お姉ちゃんと呼びなさい」
「僕はのこと姉だなんて思ったことは一度もないよ」
「おのれ」

 すうっと目が細められた。ユーリは小馬鹿にしたような、底知れないまなざしをこちらに向けてくる。なんてひねくれた弟だ。唯一無二の肉親にそんなことを言うなんて。お姉ちゃんは心が寒いぞ。
 負けじと目をつり上げてユーリと対峙すると、弟は肩透かしを食らったような顔をしていた。

「……鈍感」
「え、なにが?」
「いいよ、もう」

 ぷいっとそっぽを向いてしまったユーリの頬をつんつんとつつく。その手を払い落とさずにいてくれるユーリはなんだかんだで優しい弟である。 



★???

 消えてしまった素良を探して、遊矢は夜の舞網市に駆け出していった。こんな時間に中学生の弟を一人にさせるのは不安だ。慌てて弟の背中を追った。

「遊矢! 素良は見つかった?」
姉、なんでここに……!?」

 ようやく広場で遊矢を見つけると、同じ場で少年二人がデュエルを繰り広げていた。遊矢が私の名を叫んだことで少年たちの動きがぴたりと止まる。全員の視線を一身に受けることとなってしまった。うん? この違和感のなさはなんだろう。

、姉だと……」
「はあ? ……って、ねーちゃん!」

 ねーちゃん、と呼ばれて反応してしまった。遊矢に呼ばれたわけではないのに、どうして。暗闇のなか目を凝らして彼らを見据える。デュエルをしてくれているおかげでなんとか顔が見える。遊矢と、弟とそっくりな顔がふたつ。いや、弟とそっくりというか、彼らは。
 白い服を着た少年が私のことをねーちゃんと呼んだことで、黒いコートの少年が眉をつり上げた。デュエル中だというのに今にも掴みかかっていきそうな勢いである。

「なにを言っている、姉さんは俺だけの姉さんだ」
「お前こそなに言ってんだよ、どう見ても俺のねーちゃんだろ!」
「ちょ、ちょっと待てって! 俺の姉だから!」

 ばちばちと火花を散らす少年二人に、遊矢が割って入っていく。ああ、私は彼らを知っている。

姉!」
「姉さん!」
「ねーちゃん!」

 遊矢、ユート、ユーゴ、そしてここにはいないもう一人。彼らは全員私の弟だ。どうして今まで思い出せなかったのだろう。それより、なぜ私は彼ら全員の姉である記憶を持っているのだろう。並行した四つの記憶を持っている感覚が、きもちわるい。あつまる三つの視線が、さらに私を酔わせる。四肢の力が抜けていく。

、いま迎えにいくよ。誰にも渡さないからね」

 ブラックアウトする意識の向こうで、四人目の弟の声が聞こえた気がした。

Page Top
inserted by FC2 system