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☆アテム
「ええっ、遊戯さんに会ってきたんですか! うらやましい……どうして誘ってくださらなかったんですか」
そう批難を浴びせると、王はおかしそうに喉の奥でくつくつと笑った。
冥界に帰ってくると、あの輝かしい一年半が嘘だったかのように懐かしい日々が戻ってきた。王は王の、私は私の仕事をこなす忙しい毎日が過ぎていった。
それでも私たちの中から彼らの記憶がうすれることはなかった。王は武藤遊戯という少年と、私はという少女とたしかに時間を共有した。その思い出をどちらからともなく二人で語らうのが最近のブームだったりする。もちろんその様子を口うるさいセトに見つかってしまえばとびっきりの説教が待っている。
そして王は先日、見えない何かに導かれるかのように別の世界に行ったらしい。そこで城之内さんと出会い、また別の日には自分を呼ぶ声に誘われて友のもとへ行ったという。なんてうらやましい。私だって会えることならもう一度彼らと会って話がしたい。
「のことだから、また会ってしまえばきっとこちらに帰ってきたくなくなるだろ」
「……う、そんなことないです」
だってあくまで私がいるべき場所はここなのだ。どれだけ向こうの世界が私にやさしくて、居心地がよくても、あそこに死者が留まっていてはいけないのだ。
そんなことは分かっているが、その理から外れてでも彼らといっしょにいたい。そう考えてしまうほどには私は彼らを愛してしまっていた。そしてそれは王にはお見通しだったらしい。なんだか私は悔しくなって、口を尖らせた。
「王サマこそ、よく帰ってこれましたね。本当はずっと遊戯さんの隣に立っていたかったでしょう?」
王はふっと目を細めた。いじわるな問いかけをしてしまった。ばつが悪くなって視線をさまよわせると、頭にあたたかな熱を感じた。
「そうだな、できるならまた相棒といっしょに過ごしたいかもしれないな。……だが、この世界にはがいる。お前を残してどこかに行けやしないさ」
こういうことをさらりと言えてしまうから、このお方はずるい。
私はそれ以上なにも言えず、頭をすべってゆく甘い手をおとなしく受け入れることにした。
☆海馬
その男は雷のように鋭く、突然にやってきた。
顔だけはよく似た男がこちらの世界にもいるので、久しく感じることはなかった。しかし、眼前の男は決してこの世界の住民などではない。来てはならない、あってはならない存在に相違なかった。玉座にすわる王を見やる。困惑する私とは裏腹に、王はまるで男が来るのを分かっていたかのように不敵に微笑んでいた。
ああ、きっと私なんかには理解の及ばない最強の決闘者どうしの絆だとか、そういうものが二人の間にはあるのだろう。
先ほどまで近くにいたはずの王は、すでに手の届かない高次元に行ってしまっていた。
この二人の間に割って入ることがどれだけおこがましい行為なのか、分かっているつもりだ。しかし仮にも私は王を守護する神官(見習い)なのだ。上辺だけでも王の盾とならねばならなかった。
「海馬! 王サマとデュエルがしたいなら、まずは私を倒してからにしろ!」
ざっと海馬の前に立ちはだかってみせる。なにも口を挟まないところを見る限り、王は私の立場と気持ちを汲んでくれているらしい。私に一瞥をくれると、海馬は興味がなさそうに鼻を鳴らした。
「たかが腰巾着の一人が俺と奴とのデュエルを邪魔だてしようなど身の程を知らんにもほどがあるな……その自惚れ、完膚なきまでに叩き潰してくれる!」
相変わらずの様子に自然と笑みがこぼれた。この男は人の名前など覚えようともしない。
王のために用意したのであろうデュエルディスクを受け取ると、闘いの鐘の音が頭のなかで鳴り響いた。
――勝てないなんてことは初めから分かっていたことだ。最初からおなじ土俵の上になど立っていなかったのだから当然である。悔しいのはデュエルに敗北したからじゃない。あの二人とおなじ景色を見れないことがただひたすらに悔しかった。
王に敗北を喫してなお、海馬の瞳は爛々と燃えていた。もうあの男にとって勝敗などさしたる問題ではないのかもしれない。あれはもう、王とのデュエルに憑りつかれた哀れな囚人だ。
海馬がやってきてから十の夜明けを見たころには、私は焦燥感を抱いていた。最初の頃は飽きもせずよくデュエルを挑むやつだと呆れていたが、そうも言っていられなくなったのだ。海馬はこの世界に溶け込んできていた。私たちと同じものを食し、こちらの文化になじみはじめていた。
月明かりが煌々と差し込み、眠れない夜にそっと尋ねた。
「いつまでここにいるつもり? ……帰るアテはあるの?」
なんでもないという風に、海馬は言ってのけた。
「もう二度と、元の世界には戻れないかもしれないと知っていて来たのだ。この世界と心中する覚悟はある」
貴様には関係ないとでも言うかのように海馬は背を向けた。
そんなこと、あっていいわけないじゃないか。こんなところで過ごしていても、生きているとは言えない。死者の魂は冥界へ、生者の魂もあるべきところになくてはならない。握ったこぶしに力を込める。月に照らされて浮き上がった指はさらに白く変色していった。
王よ、この身を王以外の者に捧げる無礼をお許しください。
「海馬、このデュエルで終わりだ。お前はもう、自分の世界に帰れ」
もう両手では数えきれないほどなされたデュエルの後で、王は静かに告げた。海馬の目が見開かれる。
「なにを戯けたことを。貴様はまた勝利を懐に抱えたまま俺の前から消えるというのか。まして、俺には帰る手段などない!」
「私があなたを現世に送る。モクバくんを待たせてるんでしょ? なら、帰るべきだ。生者が冥界に留まってはいけない……死者に縋るのはもうやめて。私の知っている海馬瀬人は過去ではなくいつも未来を見ていた」
海馬の深い海色の瞳は私をじっと捕らえていた。水中にでもいるのかと錯覚するくらい、呼吸がくるしくなる。
「あなたが命を賭してまでここに来たというのなら、私もこの身に換えてでもあなたを現世に送り返そう」
こんなでも王に仕える魔術師だ。魂尽きるまで魔力を注ぎ込めば、きっと彼を帰してやることができる。
ありったけの魔力を集中させれば、海馬を貫くように光の柱が現れた。柱はその力を増していき、やがて海馬の体はすこしずつ光に飲まれていく。魔力が自分のコントロールを離れていく感覚が襲う。もはや魔力を注ぐというより吸収されていると言ったほうが正しいのだろう。
自分のよわさを見られたくなくて、虚勢を張って会話を続ける。
「……あなたは知らないだろうけどさ、私けっこう海馬のこと好きだったよ」
まっすぐで、自分の信念はどこまでも通そうとするその強さにすこし憧れていた。今もいけ好かない奴だとは思ってるけどね。
そう笑ってやると、ここまでだんまりを決め込んでいた海馬はようやく小さく口を開いた。
「……、」
とうとう全身が光に覆われて、海馬の姿は見えなくなってしまった。
なんだ、私の名前知ってたのか。それならもっと早くに呼んでくれたってよかったのにな。
どっと力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちる。その肩を王が支えてくれたが、もう彼の声さえとおくに聞こえる。
あ、私、しぬのかな。
ぼんやりとかすむ視界で消えかけている光の柱に目を向けると、雪のように儚く美しい女性が慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。死ぬ覚悟をしてたのに、どうやら私は彼女にたすけられてしまったみたいだ。彼女がいれば、きっと海馬はあっちに戻っても大丈夫だろう。
久々にがんばってつかれてしまったので、たいへん無礼ながら、王の膝を借りてすこしだけねむることにした。