リクエスト作品:夏秋さまありがとうございました!


☆盗賊王バクラ


「じゃあ、向こうは任せたぞ」

 そう言うとマハード様は何人かの兵士を私にまかせて背を向けた。いくら人手がたりないからといって私にこの任はおもすぎるのではないだろうか。遠くにあるのにも関わらずすさまじい存在感をはなつ歴代の王たちが眠るそこに視線を投げる。
 ここ王家の眠る谷では最近、墓荒らしが多発していた。そこでマハード様率いる王墓警護隊の一員である私たちは夜な夜なこうして王家の眠る谷をパトロールしているのである。本当は不届きな墓荒らしとの遭遇にそなえて大勢で行動すべきなのだが、いかんせん限られた時間ですべての場所を見て回らなければならないのだ。いまは二手にわかれて効率よく動かねばならなかった。

 にしてもだ。マハード様は私なんかに指揮をとる立場をあたえてよかったのだろうか。強大な魔力をもつ六神官の一人であるマハード様と比べたら私はミジンコみたいなものだ。せめて彼の一番弟子であるマナがいてくれたらな。いつだったかそのぼやきがマハード様に届いたらしく、「マナはまだ自分の精霊もいない未熟者だ。がしっかりしてくれねば私が困る」と言われてしまった。期待されて嬉しいような荷が重いような。

 第一、第二の王墓はとくに異常が見られなかった。そう毎夜のように墓を荒らす者もいないらしい。
 エジプトの夜は冷える。しかしピラミッドのなかは得体の知れない生ぬるい空気で満ちていた。その暖かさに気持ちがゆるんだところで本日最後の王墓に足を踏み入れると、ビリリと全身が総毛立つ。なんだ、この邪悪な気配は。どうやら他の方の兵士たちは気づいていないらしい。もしかしたら私の勘違いという線もあるが、どう考えたってこの感覚はおかしい。

 先陣をきって警護にあたる。侵入者がいるような痕跡は見当たらない。墓の奥へ、奥へと進んでいく。冥府へ飲みこまれるような深い闇を、松明の心許ない灯りで照らしだす。なんだ、やっぱり誰もいな――

「テメェ、王サマんとこの神官か? おとなしく千年アイテムを置いていきなァ!」

 突如降りかかる攻撃的な声に体が反応する。いったいどこから湧いて出たんだ。私のうしろには壁しかなかったはずなのに。振り返ろうとするも腕をかためられ自由を奪われてしまった。不覚だ!

「あっ、ど、どこを触ってる! 違う、私はなにも持ってない! はなせはなせばか!」
「痛ってぇ! なにすんだクソ女ァ!」

 ごそごそと胸のあたりをまさぐる褐色の手にがぶりと噛みつく。なにすんだ、はこっちの台詞だろ! 思わず力をゆるめた隙をねらって腕のなかから抜けだす。この奇妙な現れ方といい、六神官と王だけがもつ千年アイテムを狙っていることいい、どうやらこいつは巷で噂になっている輩だ。

「盗賊王バクラだな? これ以上王家の墓を荒らすことは許されないぞ!」

 ようやく私に追いついてきたであろう兵士たちとともに男をとり囲む。それでも男は焦りを見せるどころかたいそう不敵に笑っていたのだ。名前から察していたものの、やはりこいつは千年リングについていたバクラと瓜二つだ。あちらは私のことをおぼえていないようだから、ほんとうに同一人物かは断定できないが。

「ヘェー。どう許さないんだよ?」
「邪悪な魔物には精霊で対抗するに決まって……ん、あれ?」

 腰に差していた魔道の杖を引き抜こうとするも、その手はむなしく宙をかすめた。もちろん精霊を呼びだすこと自体は杖がなくてもできる。しかし私のような修行中の魔術師は精霊を強化するために魔力を杖で増幅させなければならないのである。その杖が、ない。さあっと血の気が引いていく。まさか、まさか。

「探し物はこれか?」
「あぁ! なんてことを!」

 先ほどは胸のあたりばかりに気をとられていたが、どうやら左の手癖も悪かったらしい。バクラはまるでおもちゃを弄ぶかのように私の杖を振りまわした。鬼か。こうなったら一か八か、精霊を呼びだしてみるしかない。

「現れろ、マジシャンズ・ヴァルキリア! さあ、おとなしく投降しろ!」
「精霊獣ディアバウンド! おいおい、こんなところで精霊なんかだしていいのかよ。オレ様は困らねぇがそっちは都合が悪いんじゃねぇのか?」

 精霊で牽制できるかと思ったがそんなに甘い展開にはならなかった。姿を見せたバクラの魔物は私の精霊よりもずっと強大で末恐ろしい能力を保持していた。こんなのが王墓であばれたら崩壊してしまうだろう。杖なしの私の魔力だとせいぜい三分ももたずに精霊を呼び出せなくなる。それまでになんとか兵士たちがマハード様を連れてきてくれれば、

「ディアバウンド、螺旋波動!」
「うぅ……っ!」

 バクラの魔物から放たれた衝撃波がこの身と精霊を襲う。魂がけずられるのがわかった。こんな攻撃を何度も食らっていたら無事ではすまないだろう。なんとか体勢をたてなおすものの、気づけばディアバウンドの姿はどこにも見当たらなかった。まさか奴の魔力がきれたのだろうか。警戒してバクラを睨みつけると、奴は不敵な笑みを浮かべていた。

 突如、背後から悲鳴があがる。私の前に立ちはだかっていたはずのディアバウンドが後ろの兵たちを捉えていたのだ。一体いつの間に。これでは多大な被害がでてしまうし、なによりこれ以上王墓を傷つけたくない。残った魔力はあとすこしだが、賭けにでるしかないな。

「もう一体のマジシャンズ・ヴァルキリアを召喚! マジシャンズ・ヴァルキリアの特殊能力――場に他の精霊がいるとき、貴様はマジシャンズ・ヴァルキリアしか攻撃できない!」
「二体同時召喚だと!? 貴様のどこにそんな魔力が……!」

 バクラの言うとおり、私の魔力はすぐに底をついてしまうだろう。二体のマジシャンズ・ヴァルキリアをそろえることで奴の攻撃の手をふうじることはただの時間稼ぎにすぎない。でも、感じるのだ。頼りがいのある強大な魔力がこちらに近づいてくるのを。

「現れろ、幻想の黒魔導士! 、よく持ちこたえた!」
「マハード様!」
「チッ……ホンモノの神官サマまで来やがったか」

 バクラはあからさまに顔をしかめる。すこしの光をもあつめて反射させるマハード様の千年リングに向けられた視線は、ぞっとするほどの憎悪をたたえていた。私はというと、マハード様の広い背を見て力がぬけてしまっていた。はりつめていた魔力を解放すると、精霊たちが石版のなかに帰っていく。

っつったか、この杖は返してやる。今度はそれを使ってすこしはオレ様を楽しませてくれよな……」
「逃がすな!」

 マハード様の指示により兵士たちがバクラを囲う。それを嘲笑うかのようにバクラはディアバウンドをつれて闇のなかに姿をくらました。からん、と杖の落ちる音が王墓にひびく。また、暗い瞳と対峙する日がくるのだろうか。マハード様に肩を支えられながら、よどんだあの瞳のことを考えていた。



☆マナ


 弱々しいこぶしが降ってくる。私はただ、その手を受けとめることしかできない。マナからこぼれおちるきれいな涙は私の服をぬらしていく。

「どうしてよ、はあたしとちがってお師匠サマについていけたのに!」
「マナ、ごめん……」
「お師匠サマは、お師匠サマ……!」

 マナの言うとおりだ。私は危険だとわかっていたのにマハード様をひとりで行かせてしまった。現代の記憶があったのに、千年リングにバクラの魂が宿っていたことを知っていたのに。どうしてこうなることが予想できなかったのだろう。すべては私の失態だ。マハード様を殺したのは……

「マナ、に当たるのはおよしなさい。マハードは優秀な魔導士でした。それを抑えたバクラのディアバウンドがはるかに凶悪な魔物だった……それだけです」
「アイシス様……申し訳ございません、私にもっと魔力があれば……」

 アイシス様は私の肩をだいて、ちいさく首をふった。そのまつ毛がかすかにふるえていて、ぎゅうっと心臓がにぎりつぶされるような痛みがおそった。私たちの前で気丈にふるまうお姿は気高く、美しかった。私がもっと強ければ、彼女のこんなに痛ましいさまを見ることなく済んだのだろうか。
 くい、と裾が引っぱられる。マナがまだうっすらと涙の膜をはった目でこちらを見上げてきた。

「わかってるの、あたしに力がなかっただけなのに。お師匠サマについていけなかったのはあたしが弱かったせい……、ごめ」
「マナ、私たち強くなろう。もうこんなこと、繰り返しちゃだめだから」

 マナの言葉をさえぎる。謝罪を受け入れられるほど、私は私の罪をゆるすことはできない。これから罪をつぐなわなければならないのだ。

「うん、あたし、つよくなる」

 マナの声には先ほどまでとは異なり、つよい意思が宿っていた。


☆セト


 大邪神ゾークが王とホルアクティによって葬られ、闇の残滓もセト様と白き龍によってかき消された。史実でゾーク封印のため肉体を失った王は、この世界で存在できなくなってしまった。先に行く。そう私に告げて王は現世にもどっていった。ここは王の記憶をもとにつくられた世界だ。私がまだ存在できているのは、恐れ多くも生き残ってしまったから王と違いこの先の記憶があるからだ。しかし、私もそろそろ戻らなければならない。

 この場で新たな王が誕生した。アテム王亡き後、その地位を受け継いだのはセトだった。この男も、現代にいるおなじ顔をした男もとてもうるさいやつだ。だけど、実力はだれよりもある。王が自分の後を彼にたくしたことになにも異論はなかった。

「セト様……いや、新たな王よ。これからのことを、よろしくお願いします」

 あの方々がまもってくれたこの世界を、どうか。
 深々と頭をたれる。独特な、人を小馬鹿にしたように鼻で笑う音が聞こえる。

「頭を上げろ。貴様に今さら王と呼ばれ態度を改められるのも気色が悪い。……今まで通り呼べ」

 顔を上げると同時になにかを投げつけられ、あわてて掴みとる。太陽の光できらきらと手のなかで輝くそれは、紛うごとなき千年杖だった。一歩まちがえれば刺さっていた。確実に。

「それは貴様が持て。俺にはこの千年錐があれば十分だ」

 その言葉に秘められた意味に、はっとする。千年杖がずん、とその重みを増した。これは責任の重さだ。これからこの世界を生きていき、罪をつぐなっていく私に課されたもの。

「任せたぞ、
「……はい。……、はいっ! セト様!」

 うるさいぞ、とわずかに口角のあがったセト様に一喝された。どうやらここが、私の帰る場所になるようだ。

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